hot hot Spring 前編


風情ある旅館が並ぶ温泉街の中、
落ち着いた佇まいの一軒の宿の門をくぐった。

「素敵ですけど、随分高級そうな旅館ですね。」

たしぎの心配をよそに、ゾロは一人でどんどん先に進んで行く。

「あ、あの・・・私、今日はそんなに持ち合わせが・・・」

ゾロはひらりと手を振っただけで、何も言わない。

今のは、気にするなという意味なんでしょうか・・・

不安に思いながら、先に行くゾロの背中を追った。


たしぎが、追いついた時には、ゾロは
すでに部屋を取り、料理の注文をつけていた。

「まず、酒だ。熱燗にしてすぐに持って来てくれ。」

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ。」

訳がわからぬまま、たしぎはゾロの後について行く。

「どうぞ、ごゆっくり。」

仲居が、下がると同時に、たしぎはまくし立てる。

「こ、こんな高級旅館に泊まって大丈夫なんですか?」


「あぁ。」

「ま、まさか、恐喝なんか・・・」

「馬鹿っ!今日あそこに向かう途中で、
 たまたま、婆さんが絡まれてたから、  相手を追っ払ったら、お礼にって。」

「お金を、受け取ったんですか?」

「いや、この旅館の女将だから、
 泊まっていけって。さっき立ってた婆さんがいただろ。」

そういえば、入り口の所でゾロと言葉を交わしていた
老婦人がいたのを、たしぎは思い出した。


「そうなんですか。」

「な!問題ねぇだろ?」
ゾロが屈託なく笑う。

「でも、私まで。」

「ま、遠慮すんなって!」



ガタガタと備え付けの衣装棚を開けると
中から浴衣を取り出す。

「ほら、ひとっ風呂浴びて来いよ。
 内風呂があるって言ってたぜ。」

浴衣を手に取り、まだためらっている所に
仲居が酒を運んできた。

「すぐに、お食事をお持ちしますから。」

「あぁ、ご馳走さん。」

さっそく、運ばれてきた酒をお猪口に注いで
飲み始める。

ゾロの嬉しそうな顔に、これではもう動かないだろうと
たしぎは素直に世話になることにした。


そっと、外に続くドアを開けると
脱衣場所から板張りの床が続き、
一人で入るには充分大きな檜の露天風呂から
お湯が溢れていた。

うわぁ。
なんて、贅沢なの。

たしぎは、そっと部屋の様子を伺うが、
脱衣場所からは、中は見えない。
少し安心して、服を脱ぎ始めた。

浴用のタオルを手にそろりと
風呂に身を沈めた。

随分長い間、外で雪に降られていたたしぎの身体は、芯から冷えきっていた。
お湯に手足の指先がじんと痺れる。

あったかい。

ゆっくりとお湯が、手足をぬくもらせる感覚を
じっと目を閉じて、楽しんでいた。

はぁ。

息を吐いて、目を開ければ、庭木に積もった雪が
石灯籠の灯りを受けて、明るくゆらめいている。

気持ちいい。


どれくらい、そうしていただろうか。

はっと顔をあげ、部屋の方を見ると、
杯を傾けているゾロと目があった。

え!?
中から、丸見えだったの?

慌てて、端に移動して、そそくさと風呂から上がる。


糊のきいた浴衣に袖を通した。
こんな無防備でいいのかと思いながら。




部屋に戻ると、卓上には夕食の準備がすでに運ばれていた。

「ずいぶん、ゆっくりだな。」

「ご、ごめんなさい。すごく気持ちよくって。」

たしぎは、慌ててゾロの隣りに用意された席に座る。

「・・・・」
ゾロの手が一瞬止まる。

「あ、お鍋なんですね。」

「あ・・・あぁ、全部やってくれた。」

湯気が出ている蓋を開けると、部屋中にいい香りが漂う。

「うわぁ、美味しそう!」



「もう、いい感じに火が通ってますよ。」

たしぎは、器に盛ってゾロの前に置いて、
自分の分をよそった。

別にどうってことのない事だが、
ゾロはたしぎの自然な感じが照れくさかった。

そして、さっきから、風呂上がりのいい香りがしているたしぎの
顔を面と見ることが出来ずにいた。

チラチラと視界に入るうなじ、細い手首や裸足の足首。
見慣れない・・・

こんなに女っぽかったっけ?


「うわぁ、美味し〜〜ぃ!ね、ロロノアも冷めないうちに
 食べたほうがいいですよ。ん〜〜、最高!」

料理を頬張るたしぎの無邪気さに、
酒のせいだと勝手に決めつけ、箸に手を伸ばした。



「ん〜〜、お腹いっぱい〜〜!もう、食べられない〜〜〜!」

満足した様子でお腹をさするたしぎを横目に、ゾロは立ち上がった。

「風呂浴びてくる。」
さっき、たしぎが入った風呂に向かった。


程なく、仲居達が食器の片付けに部屋を訪れた。

「料理、とても美味しかったです。」

「それは良かったです。大女将にも伝えておきます。
 それにしても、いい旦那様でございますね。」

「え?あ、はは・・・はぁ。」

「大女将も、大層、気に入られておりました。」

海賊ですけど。
たしぎは、心の中で苦笑した。

その後、布団を敷きに来てくれた。

二つの布団をピッタリとくっつけて敷くのを、なんとなく恥ずかしくて
見ていられず、たしぎは、立ったり座ったりしていると、
外の露天風呂で、立ち上がったゾロと目があった。

一瞬、固まったたしぎは、目のやり場に困り、後ろを向く。
ゾロは、もう一度、ゆっくり湯船に沈み込むように身体を戻した。


「失礼しました。」

「あ、ありがとうございます。」

仲居が行ってしまうと、部屋には布団だけが大きく場所を取っている。
えっと・・・

窓辺に置いてある椅子は、ゾロが近すぎで、座れない。

仕方なく、敷かれたばかりの布団にちょこんと座った。

少し部屋のあかりを落とすと、露天風呂の湯気と雪の庭が
綺麗に見えた。
湯船に浸かっているゾロの後ろ姿をを眺める。

ふかふかの布団と糊のきいたシーツが気持ちよく、
たしぎはほんの少しだけと、身体を横たえた。






まいったな。
あちぃ。

さっき、部屋のたしぎと目が会ってから、
ゾロは風呂から上がるタイミングを失っていた。

外から部屋の中は見えないが、部屋からは
風呂の様子は、よく見えた。
素知らぬ振りで、たしぎが湯船に浸かる様子を肴に
酒を味わっていた。

別に、それがバレたから、どうって事はないが、
怒るだろうか?
まぁ、あれでお互い様だろ。


などと、自分に言い訳をしながら、
ようやく湯船から立ち上がった。




ガラッ。

脱衣場と部屋を仕切る戸を開けると、部屋の中はひっそりしていた。
灯りもほんのり、室内灯がともっているだけ。

見下ろせば、布団にたしぎが寝転がっていた。



「眠ってんのか?」
ゾロの問いに、答える気配はない。

「・・・・」

スースーと、たしぎの寝息だけが聞こえてくる。


まったく、いい気なもんだぜ。

隣りの布団に腰を下ろし、卓に置かれた酒の瓶を傾ける。
ま、これだけあれば、充分だ。
冷酒を喉に流し込み、改めて目の前の女を見つめる。


薄闇に浮かぶ、白い肌。

着なれぬ浴衣。
胸元が少しはだけて、鎖骨から肩にかけて
細い輪郭を覗かせる。

裾もはだけ、膝から太腿が大きく露わになっている。

帯びを解けば、隠すものなど何もなくなるだろう。

何だ、この無防備さは。
襲って下さいと言ってるようなもんだ。

自分に言い聞かせ、ゾロは、盃を置くと、
両手をたしぎの顔の側について、その顔をのぞき込んだ。


少し開いた唇をこじ開けるように舌を入れる。
柔らかい唇を感じながら、
掻き回すように、たしぎの口内を味わう。

「ん、んっ・・・」

されるがままに、首を振りゾロの口づけに応えようとする。
たしぎの反応に、満足して、唇を離すとゾロは眉を上げる。

あれだけのキスをされながら、目の前のたしぎは
まだスヤスヤと寝息をたてている。

「ん。」
顎を反らし、求めるようにゾロの胸に顔を近づける。

「たしぎ。」
たしぎに寄りかかられたまま、胸に抱くと
ゾロも横になった。

力を込めて抱きしめたものの、まだたしぎは眠ったままだ。

安心しきったように、身体をすり寄せてくる。



なんなんだよ、その顔は。
まるで子供のように無邪気で、隙だらけで・・・

ええぃ!

なんだか、馬鹿らしくなった。

身体をずらして、腕枕をすると、
もう一度、近くでたしぎの寝顔を眺める。

その頬に触れ、指で瞼、鼻、唇とたどってみる。
くすぐったそうに身じろぐたしぎの唇に、再び
自分の唇を重ねる。

こういうのも、悪くないか・・・

おでこをくっつけるようにして、ゾロは、目を閉じた。



〈続〉